パリ市庁舎、1871年の火災から生まれた反乱の歴史

テオドール・バリュー
エドゥアール・ドゥペルテュス

パリ市庁舎、パリ市庁舎広場

(電話:01 42 76 43 43、見学は事前予約制:01 42 76 50 49)

パリ市の自治体は、水運商人組合に起源を持つ。1170年に国王により水運の独占権を与えられた彼らは、主に水路による商取引を通じて大きな権力を手にした。1246年、ルイ9世(聖王)は最初の自治体を創設し、パリのブルジョワジーが国王に代わって代表する参事(échevins)を選挙で選ぶようになった。その長は「商人頭(prévôt des marchands)」の称号を持ち、最も力のあった水運商人組合の印章が採用された。それが有名な「揺れ動いても沈まない(Fluctuat nec mergitur)」の船の紋章であり、現在もパリ市の紋章に残っている。1世紀にわたり、集会は左岸のサン=ジュヌヴィエーヴ修道院周辺で行われた。1357年、商人頭のエティエンヌ・マルセルは、小さなグレーヴ広場を見下ろす家を購入した。「柱の家(Maison aux piliers)」はゴシック様式の建物で、1階にアーケードが並び、その名の由来となった。

16世紀、17世紀に再建され、その後19世紀のルイ・フィリップ治世下で大幅に改修・拡張・装飾(アンリ・シェール、ドラクロワによる絵画)が施されたが、1871年のコミューンの際に完全に破壊された。1882年、国民募金により元のスタイル(テオドール・バリューとエドゥアール・ドゥペルテュスによる)で再建された。建物には108体のパリ出身の著名人像が、多数の壁龕と柱に収められている。建物のコーニス上には、ストラスブールとメスを除く30のフランスの都市の像が並ぶ。正面ファサード中央の「時計付き破風」には、セーヌ川とマルヌ川を挟むように「労働」と「教育」が描かれ、その上にパリ市の像が配されている。金箔、木彫り、バッカラ社のシャンデリアで飾られた内装は、第三共和政の華やかさを物語る。通常月曜日に開催されるパリ市議会は一般公開されている。パリ市長の執務室は、パリ市庁舎のクアイ・ド・ロテル=ド=ヴィルにある。